死んだらどうなるの?ユダヤでは「死」をどう考える?

 

こんにちは!

 

お読みいただきありがとうございます!

 

さて、今回は、先日ツイッターで
ある方からご質問いただいた内容で、

 

「死」についてのお話をしたいと思います。

 

「死んだらどうなるの?」

 

だれでも一回は考えたことがあることかも
しれませんね。

 

天国???地獄???

 

さあ、どっち???

 

なんて・・・。

 

さて、ユダヤはどう考えているんでしょうか?

 

現世一本勝負!

 

結論からいうと、
ユダヤには「天国」「地獄」
そんなもんはありません!

 

ユダヤのジョークでは
「天国と地獄」の話が
よく出てくるんですが、

 

あくまで、ジョークのネタであって、
まじめな思想としては、

 

「天国や地獄」の存在は考えません!

 

そもそも、ユダヤでは
「死後の世界」や「来世」
という発想がありません。

 

「来世には報われる」なんて
みじんも考えません。

 

「いまを生きろ!」です。

(昔、こんな青春映画がありましたね。)

 

聖書にも、死後の世界や
死後の世界を美化したような
内容はありません。

 

人の死については、


「なんじ、ちりなれば、ちりに帰るべし」

以上!

 

です。

 

ちなみにこれは、聖書の創世記に
出てくる話のなかで、

 

神が作った最初の人間は
「アダム」であり

 

その「アダム」は
「塵(ちり)= 土  」からできている

 

ということからきています。

 

つまり、結局、
「ちり」からできてるんだから、

 

死んだら「ちり」にもどるだけでしょ、
ということです。

 

あっさりしてますね。

 

まー、ウジウジ考えるなっ!
ちゅーことですね。笑

 

ユダヤ人は、空想家ではありません。
きわめて、現実主義者です。

 

「死んだ世界なんて、だれか見たん?」

 

「死んだ世界があるなんて、証拠あるん?」

 

無いよね!?

 

ほんなら、考えんとき!
時間のむだやん!

 

というのが、ユダヤスタイルなんです。

 

ただ、もう少し正しくいうと、

 

「あの世なんてところに、
天国はないけど、

 

この世にこそ、天国はある

 

という考え方です。

 

ユダヤ人が関心があるのは
ひたすらこの世のことで、

 

別の世界については関心は
ありません。

 

人間にとって最大の問題は、

 

生きている間に、自分ができる
最大限の努力でよりよい生を
送ることであり、

 

今日一日をどれだけよく過ごせるか、
が重要なんだ。

 

もし、次の世があるとするならば、
それはその時に考えればいいじゃないか。

 

という、「現世一本勝負!」の
思想なわけです。

 

メシアの陣痛

 

ユダヤの考えに ” いわゆる来世 ”
がない理由として、

 

「メシア(救世主)が現れれば、
死者は
よみがえる」

 

と考えられてきたことがあります。

 

だから、メシアが現れたあかつきには、
死者が復活できるように、
死者は土葬が原則です。

 

ただ、ひとつ、ここで問題なのが
肝心の「メシア」です。

 

メシアとは、キリスト教でいえば
イエス・キリストです。

 

キリスト教では、すでにこの世に
メシアがあらわれているということです。

 

いっぽう、ユダヤ教では、
まだまだメシアは現れていないことに
なっています。

 

ユダヤの聖典「タルムード」には

 

『メシアの陣痛』

 

という言葉があります。

 

これは、メシアが出現する前には
世界中が痛むし、

 

とくに、ユダヤ人は非常に
痛み苦しむ、ということを
あらわしている言葉です。

 

陣痛を経験したことのある女性や
出産の立ち合いをされた男性は

 

出産がめちゃめちゃ痛いのを
ご存じだと思いますが、
その痛みということです。

 

(ちなみに、わたしは3人とも
普通分娩で、痛くて痛くて
さけびまくりました・・・笑)

 

なお、第二次世界大戦の
ホロコーストは、

 

「メシアの陣痛」の1つだった
のではないか、とも解釈されています。

 

第二次世界大戦後の1948年、
確かに、イスラエルという国は
建国されました。

 

しかし、肝心の「メシア」は
あわわれていません。

 

ほんならいつ現れるねん!?

 

というと・・・

 

だれにもわかりません!

 

いちおう、
「全ユダヤ人が真心をもって
律法を守れば、メシアが
あらわれるかもしれない」

 

と言われているのですが、
全ユダヤ人が守るなんて不可能なので、

 

結局のところ、いつあらわれるかなんて
永遠のナゾ!ということです。

 

ということで、
そんな分からないことを
考えるんじゃなくて、

 

「いまを生きなさい」ってことなんです。

 

 

もし、大事なひとが亡くなったら?自殺は?

 

ユダヤでは、
「死は人間に必ずやってくる自然なもの」

 

という考え方なので、
子どもに対しても、
隠すことはしません。

 

人が死ねば悲しみます。
非常に悲しみます。

 

ただ、たとえ、身内や親しい人が
亡くなったとしても

 

一ヵ月以上は悲しんではいけない
としています。

 

また、年に2回、墓地に行く習わしが
ありますが、

 

頻繁にいくことは奨励されていません。

 

なぜなら、あまりに死者を
弔いすぎると、

 

ユダヤ教が死者のための
宗教になってしまうからです。

 

ここでも、やはり大切なのは、

 

生きている人が
「いまを大事にする」
という思想です。

 

ただし、亡くなった人を
忘れ去ってもいけないと言います。

 

亡くなった人は
生きている自分たちの心や
歴史のなかで生き続けていると
考えるのです。

 

あと、死と言うことでいうと、
「自殺」はだめです。

 

ユダヤでは、
自殺ほど大きな罪はなく、
自殺者はかつては、
墓場にすら葬られませんでした。

 

人間は、あくまで神が「生」を
与えた生きものであり、

 

その「生」を終わらせるのは
神しかありえない、

 

という思想だからです。

 

ということで、
今回は、ユダヤの「死」について
書いてきましたが、

 

どうでしたでしょうか。

 

要は、何回もかきましたが、

 

いまを生きろ!!!!

 

ということですね。

 

大事なのは
目の前の今日一日!いま!です。

 

あ!そうそう!

 

ユダヤでは、睡眠は「死」と
ほぼ同じことを意味します。

 

なので、朝起きたときは、
「わたしに再び命を戻してくれて
ありがとうございます」

 

と神さまにお祈りするんです。

 

わたしたちも、そのくらい、
一日一日って貴重なんだな、
と思って過ごしてみると、

 

ちょっと、こころが
幸せになるんじゃないでしょうか☆

 

ということで、今回は
死についてのお話でした。

 

P.S.

 

写真は保育所での次女の後ろ姿です。

 

来年、一年生になります。

 

最近まで、ランドセルを
買わないといけないことを
すっかり忘れていました。

 

長女のときには
5月にラン活をはじめて
ちゃんとお店にいって
いろいろ試してみたのに、

 

次女にはパンフレット渡して
選んどいてーとだけいって、

 

あとは、ネットでポチっと
すませてしまいました・・・。

 

次女よ、けっして
粗末にあつかっているわけじゃ
ないんだよ・・・💦💦

 

ようやく、来年には、上二人が
小学生かと思うとうれしいです!

 

子育てって、長いですね。

 

じっかん・・・。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

 

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