たんぽぽの根っこの長さに驚いて、子どもの教育に何が必要か考えてみた

 

こんにちは

 

先日、30年ぶりくらいに?
小学校の教科書を開いてみました。

 

どうも長女は文章問題が
苦手で、学校からの課題に
苦戦しているようなので、

 

たまにはちょっと一緒に
やってみようかと
思ったのが理由でした。

 

ということで、
今回は娘の教科書を読んでみて
感じたことを書いてみたいと思います。

 

もちろん、ユダヤの話です。

 

たんぽぽの根っこってそんなに長いの!?

 

学校の課題プリントは
教科書の「たんぽぽ」
を読んで、質問にこたえなさい
というものでした。

 

で、読んでて
なにがびっくりしたって、

 

たんぽぽの根っこって
めちゃくちゃ長いんです。

 

ものによっては、1メートル以上も
あるんだとか。

 

そんなん知っとるわ、
って人には、なにも
目新しさはないと思うのですが、

 

たんぽぽの花と葉しか知らず、
根っこまで想像したことなかった
私からすると、驚きでした。

 

で、花も葉っぱも
相当しぶといらしく、

 

踏まれようと、
ちぎられようと
こりずに再生してくるそうです。

 

コンクリートだらけの
道のすみっことかに
生えているのをたまに見ますが、

 

考えてみたら、そんな
コンディション悪いところで
よく育ちますよね。

 

その強さの秘密は
根っこにあるようで、

 

根っこが強いから
地上でなにをされても
たくましく生き返ってくるようです。

 

ユダヤの根っこ

 

で、思ったのが、
ユダヤの根っこ。

 

ユダヤの根っこは
間違いなく長いんだろうなぁ、
ということです。

 

それこそ、
地球の裏側まで伸びて、

 

あらゆるところから
水を吸い上げてやろう
って感じなんだろうな、と。

 

ユダヤ人は
世界人口の0.2%
しかいません。

 

表面上の数だけで言うと、
あきらかに弱小民族です。

 

でも、どうでしょう。
地球のなかを掘って
のぞいてみたとしたら?

 

「半分くらいユダヤの根っこ」
なんてこともあるかもしれない
と思ったりします。

 

下手すると
もっとかもしれません。

 

なぜって、

 

たとえば、

 

宗教面で言うと、
世界であわせて半分以上を占めている
キリスト教とイスラム教は
ユダヤ教からできた宗教です。

 

ほかにも、

 

経済面でいうと、
本格的な資本主義が
生まれたのはプロテスタントの
社会から
なので

 

これもキリスト教、つまり、
大もとは、ユダヤ教です。

 

共産主義の象徴である、
マルクスだって、ユダヤ人です。

 

こう考えてみると、

 

ユダヤの根っこは
地球の半分どころじゃ
すまないのかなぁ、
と思ったりします。

 

根っこならぬ「空気人間」

 

たんぽぽの根っこみたいに
すき間にぐんぐんはいっていく
という意味で、
ユダヤにはこんな言葉もあります。

 

「空気人間」

 

中世の時代、ユダヤ人は
「ゲットー」と呼ばれる
隔離された場所に
強制的に住まわされました。

 

そこは狭くて、
それこそ、牢獄みたいな場所でした。

 

着る服も決められず、
仕事も自由に選べず、
不自由な生活をしいれられました。

 

なかには、
決まった仕事がなく、
その日暮らしの生活をしていた人も
多くいました。

 

生きるためには、とにかく
チャンスがあれば飛びついて
日々のカテを得なければ
生きていけない状況でした。

 

「なにをすればカネを得られるか?」

「なにをすれば商売になるか?」

 

そんなことばっかり考えて
常に鋭くアンテナをはり、

 

その場にないもの、
人が求めているもの、
を察する能力を
研ぎ澄ませていたので、

 

自然と商人魂が
宿っていきました。

 

これこそが、
「ユダヤ人は商売上手」
と言われるゆえんです。

 

たとえば、当時、ユダヤ人は
ゲットーの外に店を出すのは
禁止されていましたが、
行商は許されていました。

 

いまでいう、
訪問販売みたいなものです。

 

といっても、当時、
それはとても屈辱的な仕事でした。

 

でも、ユダヤ人は
生きるためにはやるしかありません。
しのごの言っている場合じゃないのです。

 

そこで、目を付けたのが農村部。

 

農村部には、
市内に行きたくても行けない人が
多くいる、ということに気付き、

 

農村まで
衣類、貴金属、装飾品、書籍などを
売りに行きました。

 

結果、農村では、
「ものが無くて困っていたので助かった」
と、とても感謝され、
商売もうまくいきました。

 

そして、今度は、その農村で
野菜や果物を仕入れて、
市内に帰る途中や、
ゲットーの中で売りさばきました。

 

一度で二度おいしい商売です。

 

このように、ユダヤ人は、
住まいも、仕事も、いろんなものを
制限されていたからこそ、

 

根っこどころか、空気のように
どんなスキマにも入っていき、

 

それでいて、
なくてはならない存在に
なりえたのです。

 

こんなユダヤ人を指して
生まれたのが
「空気人間」という言葉です。

 

親も子どもも、まずは根っこ育て

 

いま教育に求められているものって
いろいろあります。

 

従来の読み書き計算はもちろん、
英語、IT、コミュニケーション力、
発想力どなど、

 

テクニカル的な面で言うと、
たくさんあるんだと思います。

 

ただ、これ、
たんぽぽでいうと、花の部分ですよね。

 

花だけ咲かせようって
がんばってみたところで
いつか限界がきてしまうんだと思います。

 

どんなに素晴らしい学校に行かせたり

どんなに素晴らしい習い事をさせても、

 

「わたしなんて何をやっても無理だ」

「わたしなんてうまくいくはずがない」

 

と子どもの心が思ってしまうと、
きっと根っこは伸びなくなり、
結局、花も咲かなくなってしまいます。

 

逆に、いまぜんぜん花が
咲く気配がなくても、

 

目には見えない根っこを
育てていれば
いつか花を咲かせてくれるんだと思います。

 

だから、目の前の子どもに
重要なのは、根っこを育てること。

 

つまり、

 

「自分を認めて、
なんでも吸収できる力をつけること」

 

かな、と思います。

 

ユダヤでは親は子どもに
小さい頃から

 

「あなたは宇宙くらい尊い」

「あなたはできる」

「あなたほどすばらしいひとはいない」

 

と言って育てます。

 

こどもはそれで
自分はがんばれば何でもできる!
と思えるようになるのです。

 

で、このとき忘れてはいけないのが、

 

親だって、やっぱり自分の
根っこが整っていないと
なかなか前向きな言葉が
生まれないということ。

 

だから、まずは親自身が
自分の根っこを育てる。

 

そのためには、
まずは、自分が自分を受け入れて、

 

「自分に語りかけることば」
「口に出すことば」
「ひとに対して発することば」

 

を、プラスにして、
自分自身に栄養を与えてあげることが
大事なんだと思います。

 

「悪口」
「汚いことば」
「否定的なことば」

は止める。

 

そんなの無理やわ、
ときれいゴトに聞こえるかも
しれません。

 

いいんですよ、きれいごとで。

 

きれいごと、上等です。

 

きれいごとで人生うまくいくなら
きれいごと言っときましょ。

 

前向きできれいなことばを
使う方が、人生よくなるなら
使う手はありません。

 

ちなみに、きれいごと言うのも
実践するの結構大変です。

 

そして、続けてると、不思議と
きれいごとじゃなくなって、
それが真実になってきます。

 

 

P.S.

 

マインドの話ばっかりしましたが、
実は最近、ちょっと
反省することがありました。

 

どうも小2の長女が
このコロナ自粛中に勉強せず
遊んでばかりいたら、

 

漢字ドリルが
全然進んでいなかったようです。

 

結構、たまりたまってしまい
娘が萎えてしまいました。

 

最近、ツイッターで
お話してくださる方が、

 

お子さんとの勉強を
ほんとに熱心に
やっていらっしゃるので、

 

自分もちょっとは見習おう!と
反省した次第です。

 

自分にも、子どもにも、
「できる」「できる」「できる」
というプラスマインドを
刷り込みつつ、手も動かす。

 

両方ちゃんとやらないと
いけませんね。

 

ということで、今回は
たんぽぽから学んだ
根っこの育て方、でした。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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