もし、ドラッカーの「マネジメント」をユダヤ的視点で読んだら

 

こんにちは

 

今回は、組織で働いている人なら
聞いたことの無い人はいない
と言っても過言ではないくらいの言葉

 

「マネジメント」について
「ユダヤ」的視点で
書いていきたいと思います。

 

 

さてさて、

 

「管理職にはマネジメント能力が必要だ」とか

「あの上司はマネジメント能力高いなー」とか

 

よく言ったり、聞きいたりしますよね。

 

かなり昔ですが、
こんなのも一時、流行りましたね。
「もしドラ」

2010年の流行語大賞にノミネートされました。

↓↓↓

 

 

 

 

 

 

 

この「マネジメント」という
概念を生み出したのは、
経営学者ピーター・ドラッカーです。

 

この、ピーター・ドラッカー、
そう、何を隠そう、
ユダヤ人なんです。
(ご存知の方もいらっしゃると思いますが!)

 

ちなみに、「マネジメント」を端的に言うと、

 

「組織に成果をあげさせるための道具、機能、機関」

 

という意味です。

 

世界中に翻訳本が出されるくらい
ドラッカーの
「マネジメント」には
価値があるんですね。

 

それだけの人々に
読まれるということは

 

ユダヤという要素に関係なく
普遍的価値があるということですが

 

今回は、あえて、
ユダヤ視点から考えてみると、
ドラッカーの思想のどんなことろが
ユダヤ思考なのか?

 

ついて書いていきたいと思います。

 

 

ドラッカーってどんな人?

 

まず、ドラッカーの
生い立ちなどについて
少しだけ説明しておきますと

 

1909年、ウィーン生まれ

  • 父は、大学教授
  • 母は、医者で、フロイトに学ぶ
  • 祖父は、銀行家
  • 祖母は、作曲家シューマンの妻の弟子

 

という、文字通り、
名門家庭で育ったおぼっちゃんです。

 

ところが、第一次世界大戦時の
超インフレにより、実家は没落し、
苦学を余儀なくされてしまいます。

 

また、ちょうど大学を卒業するころは、
ヒトラーが台頭し始めた時期で、
自分の書いた論文がナチスの反感を
買うと思い、1932年イギリスに渡ります。

 

そして、1937年にはアメリカに移住し、
全体主義を正面から批判する
『経済人の終焉』を発表しました。

 

この『経済人の終焉』では、
なんと、ドラッカーは
ナチスのユダヤ人大量虐殺事件を
預言していました!

 

しかし、当時はそんなことは
起こりえないと思う人が大半で、

 

多くのアメリカ人に
ヒステリックなユダヤ人
と思われました。

 

・・・・・

 

ドラッカーの人物像、
かなり簡単にしか書けていませんが、
少しはご理解いただけましたでしょうか。
(ただの事実の羅列になりすみません)

 

では、本題、
ドラッカーのどんな点が
ユダヤ的なのか?について
考えてみたいと思います。

 

「人間」に着目した

 

まず、最大のポイントは
「人間」に注目した
ということです。

 

「働くひと」と「顧客」という
「ひと」に注目しました。

 

「働くひと」について

 

経営学自体は、
1920年にドイツで始まり、

 

その後、
アメリカで発達していたんですが、

 

いずれも、
「科学性」や「効率性」を
求め、人間の「人格」というものは
考慮しない、計量的な手法でした。

 

ところが、ドラッカーは
計量的なものより、

 

「人格的管理」のほうが、
もっと大事であると強調したのです。

 

いまでこそ、経営に「ひと」が大事なのは
当たり前、と思われていますが、

 

当時、この点に着目したところに、
ユダヤの思想が活かされています。

 

というのも、ユダヤでは
人間は神の創造物であり、
「1人の人間は宇宙に値する」と
考えるくらい

 

とにかく「ひと」を大事にします。

 

人間は、モノを作り出す
たんなる道具ではなく、
ひとには心があるんです。

 

そこにちゃんと向き合い、かつ、
それを経営に結び付けたところに、
ユダヤの思想が活かされています。

 

顧客について

 

またこれは「顧客」に対しても同様です。

 

ドラッカーは何を作るかではなく、

 

「顧客はだれか?顧客は何を求めているか?」
と考えました。

 

これは、「何を作るか?」
という思考とは
ベクトルの向きが
まったく異なります。

 

「高級車を買う人はたんなる『輸送手段』として車を買うのではなく、『ステータス』として車を買う」

という発想です。

 

ブランドバッグなんかと同じですね。

 

つまり、
「ひとが、モノの先に真に求めているものは何か?」
という視点が無ければ
この発想は浮かびません。

 

ドラッカーは、
とにかく物を作れば客は買うだろう、
という物ありきの時代に、
主語を「買うひと」に転換したのです。

 

これも、「ひと」を大事にする
という価値観がなければ、
思い浮かばない発想です。

 

 

実践主義

 

「企業へのコンサルティング」
というとどんなイメージでしょうか。

 

そういえば、
私が大手銀行に勤めているとき、

 

本社の企画で、
有名外資コンサルタント会社に
数千万払ってコンサルを
お願いするという施策がありました。

 

そして、現場に落ちてきたのは
「営業マンのための10か条!」
という理念でした。

 

銀行って、当時は、
本社の言うことは絶対!
本社はエリートさまさま!
みたいな風潮だった上に
(それは、いまもかもしれませんが)

 

現場の上司からも
数千万も払ってコンサルやってんだからやれ!

 

って言われて、毎朝、
強制的に、その営業理念を
唱えさせられました。

 

支店の壁のあちらこちらにも
ポスターが貼られ、

 

一人ひとりの机のうえにも、
「10か条」が書かれた
小さな旗が立てられました。

 

私自身も、周りの先輩や同僚も
上司怖さに、言われた通り唱えました。

 

でも、実際は、
言われたから
ただただやっているだけ、

 

余計な仕事がひとつ増えたようなものです。

 

結局、数ヵ月経って、
気付いた時には
消えてなくなっていました。

 

そのときは、正直
「え、あの有名外資コンサルに
何千万も払ったのに、これ?」
と、びっくりしました。

 

結局のところ、
現場の実情も大して知らずに

 

絵に描いた餅、
理想論だけの企画書を作ったところで
現場は変わらないんですよね。

 

(有名コンサルが頑張っても
銀行の体質って変わらないくらい
根深いという理由もあると思いますが・・・。)

 

理想論といえば、宗教って聞くと
「天国と地獄」を思い浮かべる人は
多いと思います。

 

「いまは苦しくても、
天国に行けば楽が待っている。」

 

という思想ですね。

 

これは、キリスト教やイスラム教の考え方です。

 

これも言ってみれば
一種の理想論ですよね。

 

「天国に行って幸せになれたら理想ですー」
って神様にお願いするんですもんね。

 

でも、ユダヤでは
「死後の世界」や「来世」
なんて発想は存在しません。

 

当然、神様に
「天国に行かせてください」
なんてお願いすることも
一切ありません。

 

ユダヤにとっての「天国」はこの世だけです。

 

常に、「いまを生きる」「いまを楽しむ」
がもっとも大事という思想です。

 

それに、神に祈ったってダメです。

 

自分の人生、
自分で何とかしないとけません。

 

こういう思想なので、
日常生活の中でも、
現実主義者で、

 

「いま役に立つか?」「いま活かせるか?」
が常に重要になります。

 

ドラッカーは、1年半もの間、
GM(ゼネラルモーターズ)の
生産現場でコンサルティングを
続けたのですが、

 

労働現場に実際に足を踏み入れ、
そこで働く人と、
生活や感情を共にし、

 

その上で、
あらためて物事を客観視し、
実際的提案を行いました。

 

一年半もこのような
コンサルティングを続けたのは、

 

現場のリアルな現状と、
その現状から得られるデータの
大切さを認識していたからだと思います。

 

いまでこそ、コンサルティングや
経営学の研究というと
現場を見るのは当たり前、

 

となっていますが、
これは、ドラッカーが
先駆けて実践したことに
端を発するものなのです。

 

教育の大切さを説いた

 

ドラッカーは

 

「労働者を企業の収益至上主義に
従属させるのではなく、
まずは、人間としての
尊厳を回復させることが必要だ」

 

と説きました。

 

そして、そのために必要なのは

 

「従業員に教育の機会を与えることだ」
と言いました。

 

大昔のユダヤの話です。
紀元70年、ユダヤ国家は
ローマ軍に滅ぼされます。

 

そのとき、ユダヤ人は
たった一つだけローマ皇帝に
お願いごとをしました。

 

それは、
「ユダヤ人のために小さな学校を
ひとつだけ残して欲しい」
というお願いでした。

 

ローマ皇帝はかなえてくれました。

 

そして、この小さな学校こそが
国家が滅びようとも、
ユダヤという精神を教え伝える
最後の砦となりました。

 

ユダヤ人にとっては
「学ぶことが、すなわち、人生の目的」
そのものです。

 

ドラッカーには
「人間にとっての人生の目的は学びだ」
という根本的思想があったからこそ、

 

目の前にいる労働者に対しても
「学び」が必要だと言ったのです。

 

このように
世界中に普遍的価値を提供した
ドラッカーの思想を分解してみると

 

ユダヤで古代から大事にされている

  • ひとりの人間を大切にすること
  • 現実主義、実践主義であること
  • 教育を大切にすること

という、ユダヤの思想が根本にある
ことがわかります。

 

 

P.S.

 

経営学とか
マネジメントとか
いろいろ難しい理論はありますが、

 

結局、大事なのは
ひとを大切にすることなんだな、
と最近思います。

 

昔はこんなこと
まったく思えなかったんですが・・・。

 

最近、ひしと感じます。

 

で、このとき大事なのは
「ひと」って「他人」も
もちろんなんですが、

 

そこに
「自分」を入れ忘れないようにすること。

 

自分を認めるからこそ
ひとを認められる。

 

自分には、この思想が
決定的に欠けていたと
子どもを産んでようやく気付きました。

 

そして、その欠けていた理由は
生い立ちにあるのかな、と
分析もできてきました。

 

ということで、
自分は繰り返さないように、、、
と日々子どもへの接し方を
模索しています。

 

そんなときに役立つのが
絵本です。

 

ありのままに受け入れる。

 

できそうでできないことを
絵本はやさしく教えてくれます。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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