「なぜ口は1つしかないのか?」関西人よりしゃべりのユダヤ人から学ぶ、口との付き合い方

 

こんにちは

 

今回も生活に活かせそうな
ユダヤネタについて
書いていきたいと思います。

 

今回は「口」
つまり「しゃべり」について
ユダヤ人がどう考えているか
解説していこうと思います。

 

さて、早速ですが
「なぜ口が一つしかないのか?」
考えたことがありますか?

 

目、耳、鼻の穴、手、足、は
2つあるのに、

 

なぜか口は一つだけ???

 

・・・って、この質問自体、
意味不明やん!

 

って思うかもですね。

 

真面目にこんなの
考えたことある人っていますかね。
(いたら教えて欲しいです・・・)

 

でも、ユダヤ人は違うんですねー。
こういうのを、
古代から、大の大人が
真面目に考えてきたんです。

 

口はえらいんだ!

 

ユダヤにはこんな格言があります。

 

「舌の先に幸せがある」

「黙っていたら幸せは逃げていく。
だから、あの手この手で言葉をつかって
幸せを手に入れるのだ」
という意味です。

 

実際、ユダヤ人は
口から生まれてきたような民族で、
神にでも議論をふっかけるくらい
議論が大好きです。

 

食事中だってやります。

 

なぜかというと、
口論や討論こそ「知恵の源泉」
であり、

 

討論は一種の芸術であるとすら
考えられているからです。

 

また、ユダヤにはこんな物語があります。

 

ある国の王様が、不治の病にかかりました。

どんな名医も治せません。

治せる方法はひとつだけ、

「世界で最も手に入れるのが難しい、” 母ライオンのお乳 ”を飲ませること」だけです。

そこで、「母ライオンのミルクを手に入れたものはどんな褒美も取らせる」とお触れが出ます。

とはいえ、母ライオンは子どもを守るために近づく者、すべてをかみ殺してしまうほど凶暴です。

そんな中、一人の少年が奮起して母ライオンに近づき、見事にミルクを取ることができました。

ところが、ミルクを取れた手柄をめぐって、少年の「目」と「手」と「足」が喧嘩し始めました。

目「ライオンまでの距離を正確に測ったのは俺だ。だから褒美は俺のもんだ」

足「何を言う!俺がライオンまで近づいて行ったんだから、褒美は俺のもんだ」

手「何を言う!母ライオンの乳を搾ったのは俺だ!だから褒美は俺のもんだ」

 

三者の喧嘩をだまって聞いていた口が、初めて口を開きました。

口「俺こそが褒美をもらう」

三者は「なに!?お前なんて全く何もしてないだろ!!馬鹿言うな!」と猛反論します。

 

・・・・・・

 

ひとまず、少年は王様にミルクを届けに行きました。

すると、口がいきなり勝手に叫びだしました。

口「王様、ここに犬のミルクを持ってきました」

王様「なに!?犬のミルクとは馬鹿にしているのか!?ふざけるな!処刑だ!!」

目、耳、足「おい、口よ!頼むからほんとのことを言ってくれ」

口「本当のことを言ってやってもいいが、褒美は俺のもんだ」

この話は、
口こそ最大の武器である、
ということを、たとえた話です。

 

ほかにも

「ユダヤ人が2人集まると、3人分の意見がでる」

「ユダヤ人に質問をすると質問で返ってくる」

というくらい、
ユダヤ人は議論やしゃべりが
大好きです。

 

関西人もしゃべりでは
負けへんで!

 

と言いたくなりますが、、、
ユダヤ人にはまったく
太刀打ちできそうありません。

 

 

口は本当に最強か?口よりもえらいのは?

 

でも、本当に口が一番えらいんでしょうか?

 

ひたすらしゃべってばっかりが
いいのでしょうか???

 

実は、ユダヤ人自身も、
しゃべってばっかりって
ダメよね

 

と長い歴史のなかで
反省しています。

 

たとえば、

「幸せに生きるためには、鼻から新鮮な空気をいっぱい吸い込み、口を閉じておきなさい」

「口をふさぐことを知らない人間は 『戸が閉まらない家 』 と変わらない」

「舌には骨が無い」

舌を刀にたとえて、「刀はほんとうに必要なとき以外に抜かないのがもっともよい」

舌を薬にたとえて、「適量は役に立つが、使いすぎると害になる」

などなど、この類の、
しゃべりすぎへの戒めが
まだまだいっぱいあります。

 

つまり、それくらい、
ユダヤ人はしゃべりすぎて
失敗しているということなんですね。

 

日本でも「口は禍の元」と言いますが、
日本の比ではありません。

 

さっきのライオンのミルクの話で
口が一番えらいと言いましたが、
えらい口だって、いっぱい失敗
しています。

 

とすると?

 

口よりえらいのはだれ??
なんでしょう。

 

さっきの、ライオンの乳を取った話では、
登場したのは、
「目」「手」「足」ですよね。

 

まだ登場していないのは、、、、??

 

「話しすぎてはならない。話す2倍は聞きなさい」

そう。耳です。

 

 

ひとの話って、聞けてるようで聞けてないなーと反省

 

タルムード(聖典)には

「神はどうして人間に2つの耳をつくり、口は1つしかなかったのだろうか。

それは話す2倍は聞きなさい、ということを神が教えているからだ」

とあります。

 

口より大事なのは耳なんですね。

 

日本でも「聞く力」とか
題名のついてる本も
結構売ってたりしますよね。

 

わかっちゃいるけど、
ひとの話、聞くの難しいです・・・・

 

わたしも反省ありありです。

 

そもそもしゃべり過ぎて
人が話す時間をうばっていないか?

 

話の途中で、分かった気になって
人の話をさえぎっていないか?

 

うんうんと言いながら
「わたしの価値観と違うなー」
とシャットアウトしてないか?

 

考えただけでも
心当たりがあります・・・。

 

あと、これは言い訳なんですが、
関西人ってどうも
「しゃべらないといけない」

 

みたいな強迫観念に
駆られているところが
あるんですよね。

 

悲しき関西人の性かもです・・・
あ、でも、”関西人”ってひとくくりに
したら反発買いそうですけど。

 

いずれにせよ、何が言いたいかというと、
「口は武器だ!」というほどの
ユダヤ人でも、口で失敗して

 

「聞き上手」=「知性」

「沈黙」=「黄金のよろい」

「沈黙は金、雄弁は銀」

 

と言っているくらい、

 

「聞くこと」が大切ということなんです。

 

あと、これはユダヤ人じゃなくても
えらい人が言っていたり、
本に書いてあったりしますが、

 

「人は話を聞いてくれる人にしか
心を開かない」

 

そうです。

 

なるほどなーと思いました。

 

10年くらい前のことなんですが、
いまでもよく覚えていることがあります。

 

銀行で戦っていた二十代のころの話です。

 

昇格発表の日のこと、
たぶん昇格できるだろうと
思っていたのに、
いざふたを開けてみると、

 

「昇格できない」と
上司に言われてしまいました。

 

そのときのわたしは、ひたすら、
虚しくて、情けなくて、恥ずかしくて、
思わず涙がどんどん出て、
大泣きしてしまいました。

 

そんなわたしの姿を見た上司は
慰めるでもなく、励ますでもなく、
ひたすらわたしの話を
聞いてくれました。

 

銀行でがんばって
働いているつもりだったし、
つらかったので、言いたいことも
いっぱいあったので、

 

愚痴も含めて自分の思いばかりを
ひたすら投げつけてしまいました。

 

それでも上司はとにかくじっと
聞いてくれました。

 

2時間くらい付き合ってくれたと
思います。

 

山ほどあるルーティンワークを止めて、
2時間も割いてくれたんです。

 

そのときも、よくもそこまで
聞いてくれたと思いましたが、

 

いま思い出しても、
そこまで、ひとの話を聞いてくれる
ってなんて心がひろいんだ、
と思います。

 

そんな上司の言うことなら
自然と聞こうってなりますよね。

 

ユダヤの考えでも、
「聞くこと」=「相手を尊重すること」
です。

 

耳ってスイッチ入れなくても
音はひろえるんですよね。

 

でも、そこに気持ちのスイッチが
入っているか?

 

これは本当に、自戒を込めて込めて
気を付けないといけないなーと
思います。

 

いまでも、子どもの話、
最後まで聞けていないとき多いです!

 

ついつい、何が言いたいねん!?
こういうことか!?
とさえぎってしまっています。

 

夫の苦言も聞いてるつもりで、
いま振り返れば自分の都合のいいように
解釈していたことが何回もあります。

 

 

「自分は聞けてる!」ってお思いの方も、
ほんとに聞けてる?

 

って定期的に振り返ってみると
よりいいかもしれません。

 

ひとは誰しも「しゃべりたい」という
欲望をかかえています。

 

自分がしゃべり過ぎるということは
相手の欲望を抑え込むということです。

 

それで相手が喜ぶか?

 

ということは逆に、

 

「しゃべりたいことをぐっとこらえて
聞いてみる」

⇒「相手が満足する」

⇒「まわりまわって、それが実は自分のためになる」

 

という好循環を作れます。

 

ということで、今回は、
しゃべり過ぎユダヤ人から学ぶ
「口より耳が大切」というお話でした。

 

 

P.S.

 

中田敦彦さんのYouTube大学、
ときどき見ることがあります。

 

難しい話をあんなに簡単に
わかりやすく伝えてくれるなんて

 

よほど頭がいいんだなー、と
思っていたんですが、

 

どうやら育った環境が
立派だったようで、

 

家にある漫画は

 

「ことわざ」
「日本の歴史」
「手塚治虫」

 

だけ、だったそうです。

 

これを読んでいたおかげで、
小学校に入るころには
みんなが知らないことを
自分だけ知っていたとか。

 

すばらしい親御さんですよね。

 

わたしも、さっそく真似しようと思い、
買ってみました。

 

Amazonで調べると16720円!
う、結構高いんやな・・・・
と思いましたが、

 

ユダヤで一番大切なのは、教育!
「頭への投資です」
こんなくらいで高いと思っていてはいけない!

 

と期待を込めて買ってみました。

 

娘よ、読んでおくれ!!!

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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