公立中学校の理科の教師をしている夫から学ぶことと、子育てへの考え方

 

こんにちは

 

今日はユダヤからちょっと離れて、

 

公立中学校の教師をしている
夫の話をしてみたいと思います。

 

社会人になって以降、
学校という場所から
離れている自分にとっては、

 

なかなか勉強になるなーと
思うことが多くあります。

 

ちなみに、夫はもともと、
とある大手企業で原子炉の設計を
していたのですが、

 

NHKのプロジェクトX
『伏見工業ラグビー部』の話に感化され、

 

「感動で泣けるような仕事につく!」と

 

心機一転、大学に編入しなおし、
教員免許を取得して教師になりました。

 

既に教師になって20年弱。

 

教えているのは理科で、
サッカー部の顧問をしています。

 

 

学校現場のリアル

 

夫が教師になり、
初めて配属になったのは、
大阪の荒れた地域の
中学校だったそうです。

 

40人のクラスのうち

  • 2分の1は片親
  • 3分の1は生活保護

そんな世帯が集まるクラスでした。

 

夫は常時10世帯分ほどの
家の鍵を預かっており、
朝の仕事はその家を回って
生徒を起こすことだったそうです。

 

もはや学校の教師の枠を超えていますね。

 

また、給食費すら払えない親もいて
家ではろくにご飯も食べさせて
もらえない子供が多くいたそうです。

 

夫はそんな子供を見るに見かねて、
スーパーでジャガイモを
買ってきては、
ナイロン袋に入れ替えて、

 

「これは学校で育てた
じゃがいもやから、食べ。」
と渡していたそうです。

 

こんな話を夫から聞かされて、

 

世の中ってほんとに
不平等やな、と思いました。

 

自分は決して裕福な家庭に
育ったわけではなく
平民家庭でしたが、

 

少なくとも、毎日ご飯は
食べさせてもらえました。

 

お金に困って生きるか死ぬか、
というところまで、
追い詰められたことは
ありませんでした。

 

我が家には金がないから、
国公立大学に行くのが無理なら、
働け~!!!

 

と追い詰められてはいましたが
食べるもんが無いから働け!
とは言われませんでした。

 

「片親」「生活保護」と聞いただけで

 

明らかに親に余裕がないですよね、
経済的にも、精神的にも・・・。

 

毎日お腹が空いた状況の子供が、
勉強なんてできないですよね。

 

夫は、生活がしんどい子供の
相談に乗ったり、

 

個別で勉強を教えたり
しているそうですが

 

あまりにしんどい子供には

「親との離別」

という究極の選択を
提示することもあるようです。

 

どういうことかというと、
親と縁を切り、遠く離れた
全寮制の高校に進学するという
選択肢を示すのです。

 

もちろん、
決めるのは本人と親御さんですが・・・。

 

決断する子どもは、子どもなりに
「このままでは共倒れになる」

 

と、負の連鎖を断ち切ろうと
しているからかも知れません。

 

「好きで生まれてきたんじゃないのに・・・」

 

世の中には、自分の境遇を
呪いたくなるような子どもが
本当にいる、ということを

 

夫の話を聞いてリアルに
感じました。

 

 

メスの生殖コストは計り知れない

 

私には娘が3人います。
7歳、5歳、1歳です。

 

でも、もともと出産なんて
全く頭にありませんでした。

 

というのも、14歳の時に
ダイエットをしたことがきっかけで
生理が止まってしまい、

 

放っておいたら軽く3年くらい
生理がストップするような生活
をしていました。

 

それはそれで、
物理的には楽なんですが、

 

さすがにそれはあかんだろー
ということで、

 

産婦人科を転々として、
薬を飲んでは形だけ血を出す、
ということを繰り返していました。

 

でも、それって、
根本的な解決にはなってないよな、
と思っていたので、

 

ずっと、「自分は妊娠できない」
と思っていました。

 

夫と結婚する時も
「私は恐らく妊娠できない身体だと思う」
と明かし、

 

それでも良いのかと
納得してもらった上で結婚しました。

 

そんな感じだったんですが、
頭のどこかでは、
「動物として生まれてきたからには
子孫を残して死なないといけない」

 

と、刷り込まれていたのでしょうか。

 

不妊治療専門の病院に通い、
排卵誘発剤を飲んで、
排卵するタイミングでSEXをする

 

という、最も初歩的治療を
6回くらいした結果、
子供を授かることができました。

 

2人目も排卵誘発剤で妊娠し、
なぜか3人目は全くの自然妊娠でした。

 

ということで、
10年前には想像すら
できませんでしたが、

 

今では3人娘の
母親をやっています。

 

子どもを持ってみて痛感していますが、

 

「子育て」

 

はっきり言って、
ほんとにしんどいこと多いです。

 

何がしんどいって、

  • 睡眠妨害される
  • 3度の食事の世話
  • おむつ替え
  • 抱っこ抱っことせがまれる
  • 自分の時間がない
  • どこへ行くにも子供を連れていかないといけない
  • 部屋が汚れまくる
  • 洗濯量が多い
  • いきなり機嫌が悪くなって泣き叫ぶ
  • 夫との役割分担に納得いかないこともある
  • 仕事との両立もストレス
  • お金もかかる

 

他にも書きだしたら、きりがありません。
100個くらい書けるんじゃないかと思います。

 

面倒くさいことだらけです。
愚痴ではなく、冷静に考えてみて、

 

妊娠・出産・育児のプロセスにおける
『メスの生殖コスト』は計り知れないほど
大きいと思っています。

 

私の場合、
メガバンクの総合職で、
法人営業をしていましたので、
仕事自体も問題でした。

 

毎日「ノルマ」と「膨大な事務作業」に
追われる生活です。

 

子供を産んで育てている
大の大人が、
上司というおっさん共に
怒られる日々です。

 

「このネタ(案件)、お客さんに詰めてんのか!?」

「今月収益なんぼやるねん!?」

「自分がなんぼ給料もらってるか考えろ!」

「この書類はあかん!作り直せ!」

 

などなど、毎日何か言われます。

 

新卒からそんな生活が
当たり前だったので、
免疫はもちろんありましたが、

 

それでもやっぱり
イライラや不安が
常時つきまとっていました。

 

土日は仕事は休みでしたが、
それでも

 

「来週はこれをしないといけない」
「月末までにはこれをしなくてはいけない」

 

などと、ひたすら仕事のことが
頭をめぐっていました。

 

そんな状況で、
優しいお母さんになんて
なれるわけがありません。

 

自分に全く余裕がないのですから。

 

形は違いますが、先ほど言った、
経済的に困窮している家庭のお母さんと
似たようなところがあったのかもしれません。

 

子供が「抱っこして」と寄ってきても、
逃げているほどでした。

 

人生で「甘えの総量」は決まっている

 

そんな私を見て、
夫はこう言いました。

 

「人間が一生に甘える総量は決まっている」と。

 

?????

 

一瞬意味がわかりませんでした。

 

甘えの『りょう』?
そもそも、甘えを「量」として
捉えるという考え自体がなく、

 

頭の中で2つの単語が結びつきませんでした。
「甘え」って「量で計測できるもの?」

 

という感じです。

 

え????でした。

 

でも夫は、小さいときに
親に甘えられなかった中学生を
たくさん見てきており、

 

幼少期に「甘えの消化不良」
となってしまった子供が、
十数年経ってからどうなるか?

 

を目の当たりにしていたから
そう言ったのです。

 

「小さい頃に甘えられなかった子供本人も
 その原因を作った親も不幸になる。」

 

「子供を甘えさせてあげられていない
自分の状況をよくよく考えるように」

 

と指導されました。

 

結果として、私は銀行を辞めました。

 

「絶対負けないぞ!」

「辞めたら敗北だ!」

「女をなめんなよ!」

「子供は関係ない!」

 

などなど、わが身を奮い立たせて
抵抗しましたが、やはり続けるのは
無理だと思い、銀行を去りました。

 

結果的には銀行を辞めて
良かったと思います。

 

明らかに精神衛生上はプラスになりました。

 

収入が半分くらいになってしまったという
大ダメージはありましたが、

 

なんとか支出を減らし、
普通に生活できるなら、

 

毎日罵倒されながら生きる
銀行員生活を続けるよりは
断ち切ってよかったと思います。

 

「人生にとって何が大切なのか?」
を夫に指導された気がしました。

 

 

学校なんて無理して行かなくてもいい

 

ホリエモンじゃないですが、
夫も「学校なんて無理して行かんでもいい」

 

と言っています。

 

夫は、不登校の子供の家庭訪問を
ずっと定期的にやっているそうで、

 

その子供のみならず、
親御さんの相談にも乗っています。

 

無理に学校に来させるようなことは
一切しないそうです。

 

それは

 

「学校に行くとしんどくなるから
登校を拒否しているのに、
無理に学校に行かせたら
余計にしんどくなるだけ」

 

と言われてみれば
至極当たり前の理由です。

 

「世の中には、学校を出てても
全然大したことない人もいるし、

 

逆に、学校を出ていなくても、
立派に人の役に立って
活躍している人もいる。

 

学校なんてその程度もの。」

 

夫はよくそう言っています。

 

日本は「村八分」という
言葉があるように、

 

極度に同調意識が高く、
異質なものを排除するという
傾向が強い民族だと思います。

 

自分の親もそうでしたが、
体裁を気にして、

 

「不登校なんてありえない!」
という考えの持ち主でした。

 

ですので、いくら学校が辛い場所だ
と心が叫んでも、
私の辞書には「学校を休む」という
言葉は存在しませんでした。

 

でも、もし自分の子供から
「学校に行きたくない」
という言葉が出てきたら、

 

「いいんちゃう、それも」
と言ってみようと思います。

 

親だってただでさえ、子育てしんどいんです。

 

しんどい思いして育てている子が
学校に行って苦しむなら、
学校なんていかなくてもいいか

 

学校教育が全てではない

 

実際、最近、ネットの広まりを見ても
そう思います。

 

コミュニティって別に今までの形が
正解じゃないよね、と。

 

何より、教師が
「学校なんて無理していかんでいい」
って言ってるんで大丈夫です。

 

学校じゃなくても
子どもの生きようと思う力は
育つはずです。

 

日本の公立学校は大丈夫なのか?

 

「働かん教師が多すぎるねん」

夫はずっとぼやいています・・・・。

 

公務員という地位を笠に着て、
血税から給料をせしめている。

 

一生懸命がんばっている先生も
もちろんいるんでしょうが、

 

悲しいかな、どうもそういう先生の
数は多くは無いようです。

 

パレートの法則(80:20の法則)
というのがありますが、

 

夫曰く、教師の世界に限って言えば、
上位の割合はもっと少なく、

 

『10%の教師が残りの90%を
カバーする仕事をしている』
という肌感覚だそうです。

 

学校の教師に期待できないから、
最近の親御さんは

 

子供を塾に通わせ、
学校以外の教育機会に
金を投じるんでしょうね。

 

かくいう私も夫から
教育現場のずさんさを聞いているので、
正直、先生には懐疑的です。

 

先生に懐疑的というよりは、
義務教育のやり方に懐疑的です。

 

義務教育の制度、
それ自体はいいと思うのですが、

 

自分自身がその教育を受けて
真面目に勉強したけれど、
それだけで思考力が宿るのか?
と疑問だからです。

 

なので、小学校1年生の長女に


「教師の言うことが絶対ではない。
何が正しいかは自分で考えるのが大切。
考えるための材料を集めるのも大切」

 

「人と同じ考えをする必要はない。
むしろ、自分はどう考えるのか?が大切。
人と違うことをおそれない。」

 

ややユダヤ交じりの教えを
刷り込んでおります。

 

まーちょっと過激かも
知れませんが・・・・笑

 

 

明治以来の富国強兵のための
義務教教育の在り方が本当に正しいのか?

 

学校に教育を任せていていいのか?

 

親が考えるべきはなにか?

 

学校で教わることが
すべてでは全くないと思います。

 

親だってしんどい思いをして
子育て頑張るんです。

 

自分も子どもも納得いく人生を
生きたいと思うのが親心。

 

だからこそ、親自身がしっかりと
頭と心を鍛え、


子どもがちゃんと自分で思考できる
大人になるるよう、育てないといけないと
痛感しています。


そう「おとな自身が学ぶこと」が
必要なのだと思います。

 

P.S.

 

3月で長女が7歳になりました。
子育て歴7年。


妊娠期間もいれると
子どもという存在に触れてから
8年が経過したということです。

 

人が増えるというのは単純に
賑やかになって楽しいと思います。

 

その分、いろいろと負荷もかかりますが、
子どもにはいい人生を
歩んで欲しいなーと思うので、

 

もっと自分が勉強して
教えてあげられることを
増やしていきたいです。

 

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